レジャー・ビジネスに!国内の宿泊予約サイト。旅館・ホテルの予約はEPARKトラベルで。

初めての方へ
BRポイント
予約の確認・キャンセル・日程短縮
ヘルプ

  1. EPARKトラベルトップページ >
  2. 地域振興 >
  3. 宮古島へ行こう>
  4. 伊良部大橋ストーリー No.01 夢の大橋

No.01 夢の大橋


 2014年12月中旬、宮古島から高速船で15分の伊良部島・早良港に降り立った。1月末の伊良部大橋開通と同日に、この定期航路は歴史を終える予定だ。「ありがとう」。地元商工会青年部が数日前に港へ掲げた真新しい懸垂幕にはそう書いてあった。

 タクシー列の先頭車両へ。
 「島の中心部へ行きたいのですが」
 「じゃあ信号機がある交差点まで行くよ」
 初乗り430円のメーター表示とともに、車が動き出した。

 身につけていたカメラを見た運転手さんは「内地の新聞の人?」。インターネットで宮古島の特集をやりますと伝えたら、ビーチ、サトウキビ畑、サバ沖井戸など、様々な場所について紹介してくれた。伊良部大橋の開通について人々に話を聞きに来た、と目的を伝えると「いろんな人に話を聞くならここだね」。渡口の浜近くの土産店「伊島観光サービス」に着いた。また呼んでねー、領収書に携帯電話番号のメモがついてきた。

 土産店には、巨大なヤシガニがいた。
 まったく動かないが、顔をのぞき込むと触角がかすかに動いている。じっと見ていると「夜行性なんで昼はずっと寝てまして」とスタッフさん。よかった生きていた、と勝手に安心する。
 大橋の開通について取材を始める。伊島観光サービスの吉浜康徳代表は「夢の大橋だ」と評した。15年間以上、観光サービス業を続けながら、市を訪れる年間40万人の観光客の8割近くが伊良部島へ足を運ぶことなく帰っていく状況を憂いていた様子。「計画から40年。決定が遅れても、工期が数年遅れても待ち続けてきた。長年の夢だ」。また、“夢”が飛び出した。

 「船便の荷物を車が運ぶ。まずそれだけですべてのコストが変わる。食料品も、ガソリンも、船の部品も」と吉浜社長は続ける。人の動き、流れだけでなく、物流そのもの与える影響も大きい。「結局のところは開通してみないとわからないけども」と前置きはついたが、開通がもたらす変化を心待ちにしているようだ。

 地元の宮古市伊良部商工会の青年部部長、久貝博義さんが伊島観光へ昼食に訪れた。港の「ありがとう懸垂幕」の仕掛人だ。大盛りの宮古そばを平らげ、懐からおにぎりを取り出す。きっと暗黙の了解なのだろう。

 伊島観光・吉浜代表の紹介で話を聞く。「どちらの島から見ても、近くて遠い存在だったのが変わる」。団体でバスごとフェリーで訪れるパターンが多かったこれまでと違い、開通後は個人単位のレンタカーによる来島が増えることは間違いなさそう。

 一方、「体験型や滞在型の観光商品の開発と販売に努めないとリピーターを確保できない。観光客が景色を見て回って宮古島へ戻るだけでは島へのメリットが薄い」と危機感を募らせる面も。確かに、これまで島を訪れる個人客はダイビングやシーカヤックなど明確な目的を持っていたため、何げなく訪れる人は少なかったと言える。足を踏み入れるハードルが下がった分、楽しんでもらうためのハードルが上がったのだろう。でも、どう見てもワクワクしている。Uターンで伊良部島へ戻り、地元電気工事会社の工事部長の顔も持つ久貝さん。新たな課題に立ち向かうべく、地元愛を燃やす。

 観光バスが土産店に着き、急に慌ただしくなる。ヤシガニの前に人だかりができるが、相変わらず水槽の主は微動だにしない。心の中で「夜行性ですよ」と、ちょっと前に得た知識をつぶやく。久貝さんのもとに、知り合いのバスガイドさんが駆け寄ってきた。耳を傾けると、車の増加をにらんだ駐車場や公衆トイレなどの整備状況について、話に花が咲いていた。

 「橋はゴールではなくスタート。情報が増え、チャンスをどう広げるかいつも考えている」(久貝さん)。

 40年越しの「夢」が、いよいよ両島を結ぶ。

伊良部大橋ストーリー

No.01 夢の大橋

No.02 開通の日 2015年1月31日 伊良部大橋開通式レポート

No.03 架橋運動の礎 伊良部丸が託した夢

No.04 友達増えて、親戚も増えた 神奈川県から移住の清水陽介さん

No.05 小さな島の、小さなカフェ

空室検索
チェックイン日 泊数 部屋数 利用人数/室 予算(1泊1部屋1人あたり)
  大人 子供 0

Copyright (c) BestReserve Co.,Ltd. All Rights Reserved.